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晴れの午前、
調べ物があったので
高田屋嘉兵衛※資料館へむかう
( ※ 函館開港を展望した張本人、
淡路からの東西回りによる蝦夷地、函館への海路と
道東から千島列島への海路とを拓いた船乗り )
彼の名は
函館のひとなら誰でもしっていて
北海道そのものに重要な役割を果たしたはずだが、
今年のG8( 洞爺湖サミット )のデータブック年表には、
嘉兵衛のカの字も出てこなくって、
学生にスキーを教えたスイス人の名前や、
北海道ではじめてスケートを滑った米国人の名前は出てくる、
ツマラナイ
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ラジオチューンを民謡に合わせて
街道をゆくと
「 40数年前の北洋船で
いつも聴こえていた哀しい胡弓の音 」 として
” 越中おわら節 ” をリクエストした、
松前町( 渡島半島、函館より西南 )在住の70代男性があって
ついヴォリュームを上げた
そうこれ、このテンポ
この間延び
このたゆたい
この静けさ
*
ベーリング海への
激しいこと厳しいこと、このうえなき大波浪をゆく船内には
かつて花札などの博打しか娯楽がなかったと、
先日よそで話すひとがあった、
( 函館は北洋漁業のもとで骨牌業も
盛んにうるおったそうです )
そうして船はしから聴こえていたのは、
ステッペン・ウルフの、
『 Born to be Wild 』 ではなくて( 嘘 )、
なんだってまた、
『 越中おわら 』 だったとは!
シュール!!!
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思いやるだに身の毛もよだつ北洋船の
天地も狂うごとき激しい揺れのなかで
どんなふうに
あのような幻想的な胡弓( もしくは二胡かな )が、
陸にいてさえ幻想にとらわれるような胡弓もしくは二胡、が
あんな海上で鳴るのかと
すこぶる想像をたくましくする
*
大波浪に揉まれ、
大波濤にぶつかる日々をあの不可思議な曲で過ごす
はたして彼等があじわった世界とは心底、
想像以上に人間離れのしたものであったに違いないと
やけにリアルに腑に落ちるような
あまりに非現実的で
想像がまるで難しいけれど、それを想像することは、
わたしとしてはゾクゾクするほどの魅惑と感じた
スゴクおもしろい
( そしてラジオのラストナンバーは、
わたしたちがみんな好きな江差追分だったが
えーー、ええええ エ~、ええーーー、
ええええええ エエエェ~ーー!
っと、伸ばしてばっかりで え しか歌詞が進まないので
じれったくてスイッチを切った )
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函館は今年、
ちょうど開港149周年にあたるので
新年も明け、
わたしは海峡のことが、
いよいよ気になってしかたがない
*
そんなわたしに過日、
敬愛する作家のホサカ氏より
良質でかねがね気に入っていた雑誌が1冊届いてあって
なんと気を利かせてくださったことに、
ポストイットされたページを開くと、
モノクロの写真群はかつての
海の職人の老若男女たち
ああ!わたしたちは人間だったんだっけ!
という新鮮で快辣な感慨に、
何度もページを繰って、このひとたちと同じ空気、
あるいは嘉兵衛らと同じ空気、
そういうものを呼吸したいような心地に耽る
( ちなみにホサカ氏自身のテキストも
この雑誌の後半に発見したが、
何度読んでも、いったい何が書いてあったのか忘れる )
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さてまだ大きな声では云えない
今年の9月企画、
【 青函帯!!海峡野郎とアキのJAZZ 2008 】
これはまったく膨大な法螺話で、
できるかどうかサッパリわかりませんが、
現在、企画書を作成中です
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< 趣旨 >
開港149周年!
昨年のキャバレー企画で学んだ、
北洋栄華、船乗りたちと花街の歴史のこもごも、
もういちど、大漁旗で埋め尽くされる港が、
わたしたち全員、見たい
< コンテ >
海峡を渡り、大間、青森から、
さらに渡島半島の右と左、戸井と松前から船が出る
緑の島のポンツーンや港に
それら色とりどりの大漁旗がひしめき、
船乗りをもてなす花街、、、は
ないけれどもその日、緑の島に忽然とキャバレーあり、
( 昨年の廃墟キャバレーから運び出した、
たくさんの 「 一晩だけなんてもったいないわね 」 を
もういちどだけ生かすのデス )
そうして、
港、船乗りといえば八代亜紀様、
港町、函館といえばジャズ、
で!
秋にアキがジャズも歌うッて特別な夜!!
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・・・・ なんとなく頭が痛くなってきたので、
もう寝ます
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