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帰宅 -
室内は、寒い
*
リンゴを剥いて鍋に放り込み、
ハチミツとカルダモンとコアントローで煮る
そのあいだに豆を挽き、
珈琲を落とす
大学の改修工事で出た古い椅子を
オイルで磨く
*
室内は、寒い
昨今、人類間におけるCO2は厳戒態勢だから
暖房機は設定温度を下げましょうという
冷房時の排出量の割合より、
暖房時の排出量のほうが8倍多いという
そうか
*
産業CO2もグズグズしているし、
どれ、とおもい、
冬とはいえ
昼間の外気温が10℃以上もあるならば、
たかだか都会の冬、
こちらのほうは設定温度をそれ以上、
もう下げてなどやらずに、
もはや 【 暖房を使うのをやめてみる 】 ことに決定し、
マンションはかれこれ、ここ2週間以上、
寒いがままにして甘んじている
、、、というか、辛んじている
外の大気が、冬を理由に寒いのはなんともないが、
「 居住空間が寒い 」 というのはスゴク寒い
心底寒い
もうしんしんと寒い
*
ここに
読みにくい米国換算の面倒な気温計があって指すには、
だいたい 52degree 前後、
これを計算すると、10℃~13℃あたり、
で日々平均している
これはじつに寒い
窓を開け放しても熱損失すらかんじられない
*
だが暖房器具を使いつつ、設定温度を20℃に下げて、
「 寒いなあ 」 とおもわしめられるのは弱々しいし、
そうやって、受け身でしかたなく寒い、
というのは本当に寒いものだから
むしろ、
あえて能動的に、アグレッシヴに、
寒さを生きることとしたわけです
( アッいま、ばかだ、とあなたは云ったでしょう! )
*
すなはち
リモコンはきれいに磨いて
手の届かないところに片付けた
( そのときの気分は、
力石徹が、水分を摂らない式の減量のために
水道蛇口をきつく針金で固めているときとおなじ )
そうしておいて、
ものすごい厚着をして、
ここは旧ソ連の果てのほうの村、と想像したりすると
なんとなく旅先の、寒々しい貧窮かなにかのようで
特例的に大丈夫だし、
冬の刑務所で死んだ仕立屋銀次親分などをおもうと、
これも特例的にクリアできる
むかしの武将や軍人たちは冬にも野営をしたし、
高田屋嘉兵衛は冬の日本海や太平洋を
木の船でわたったし、
新潟のひとたちは
よりによって冬前に震災で家がなくなったし、
夏目漱石は、ある作品のなかで、
( ふとんに入ると南京虫の総攻撃にあうために )
冬の板の間に立ったまま寝た日々のことを書いたし、
わたしの愛する友だちは、
酷寒の零下激℃の富士山に鉄のコンテナを置き、
年中アノラックを着込んで
凍り付いているその中に何十年と住んでいるし、
厳しい冬の楢山( ナラヤマ )には老婆が
家族の口減らしのために
みずから座してミイラになりにゆくし、
我が北海道ですら、
屯田兵たちの兵屋にはストーヴがなかったし、
なにより今、
皇居内はどこもすこぶる寒く保たれていたと、
石原都知事も沈痛そうに云う
*
心頭滅却して乗り越えるのは
暑さだけなのかな?
RCマンションの、ひどく底冷えのする寒さを、
『 能動的に 』 凌駕するには、
どうも心頭滅却どころか、
これほど膨大に、つぎつぎと、まだまだ、
おおくの想像をはたらかせたり、
いろんなひとになってみたりしないといけない
忙しい
空想でガマンできないときには、
厨房にこもって火を使ったり、
ミット打ちや拳立て伏せをしたりして束の間、鍛える
*
・・・・ とおもってもいたけれども、
じつのところ最近では、
慣れたのかなんとなく心楽しいのが本音で、
大げさに着込んだ厚着とは裏腹に、
やけに身軽になったような、すがすがしい心地が、
日々している
*
と、こうして書いているだにウザウザしいが、
室内的寒さを乗り越えたあかつきには、
わたしの場合さらにウザく、
勝手な正義感に支配されて気焔をあげ、
あたかも世の中のCO2を
すべて減じてやったかのような気分になり、
いつ都知事があらわれて
戒厳令を敷いてってもいい、とか云うね
勝手なイメージも以下にはなはだしく、
マンション上空から俯瞰してみると
じぶんの棲家の虚空には、
オオッ、だいたい1立米程度の、
じつに清浄なるクリアボックスが浮かんでおり、万歳、
よその室々の排出エアについては、
まるでヘヴィスモーカの肺のごときブラックボックスではないか、
フフフフフフ、
なーーんて充足したりして
*
以降、会うひとごとに、
「 さあ君も暖房ストップ 」 とかなんとか、
エエッまだ暖房なんか使ってるのか、とか
往生際が悪いとか未練がましいとかダサいとか、
( 寒いのに暑苦しい人格として )
周囲のひと様に、
威張りくさって強要するわたしを想像されるひとも
多かろうとおもいます
バレバレなので、それはしません
※ キャバレーの企画で、
赤字をコキ過ぎて電気まで停められて、
そのうえ強がっているのだな、とはおもわないでください
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