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東京にいます...(泣
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気に入っていた小さな珈琲豆店が
いつからか早朝に店を開けているというから
ようやく自転車を買う理由が出来た
朝、自転車に乗って珈琲を飲みにゆこうとおもう
あの小さな店内が、
朝の日陰となって静かであると、
いいなとおもう
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自転車を買ったら
ちょっと代々木公園まで車に積んでゆき、
早朝の公園を走ってみるのもいいなとおもう
そのときは
2級建築士仲間のN君も誘ってみようとおもう
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ところで
まだ雪の激しく降っているという函館をおもうと
どうにもガマンがならなくて
時の合間に
テレマーク・スキー誌をむさぼったり
オフには神田や御茶ノ水のショップを巡り、
マイ・ギアを揃えて来シーズンに備えようと考えたり
買ってきた珈琲豆を粗く挽いては
わざわざ雪山を想像してパーコレータで沸かしてみたり
部屋の中でゴーグルを装着してみたり ( ばかすぎる )
どうにもこうなので
お願いだからなにかビジュアルを送ってくださいと
頼んでおいた山男ヒゲ氏から
4本のテレマーク・スキーのヴィデオが届いた
*
たまたま機嫌のよかったらしい郵便配達夫が
「 こんにちはーッ!!
北海道の大沼からですって、ああ、
イイ所からの荷物ですねェ?中身は何でしょうね? 」
などと、
まるで北海道から届く荷物はみんな
かならずホタテかカニであると云わんばかりに
気まぐれに機嫌のよいサーヴィスは
ときに、、、否ほとんど、
こちらにとって鬱陶しいばかりだ
・・・・ なんておもうのは、
あたりまえのコミュニケイションが、
やっぱりなぜか都会、こと巨大なベッドタウンや郊外では
どうにもサイズ的に、不自然に感じるものなのじゃないか
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テレビジョンもヴィデオもDVDも、
そういった映像機器がものすごく大嫌いなわたしは
見るために、必要以上の時間を手間取り、
ようやく映像が流れだすと
古い雪山の映像群は
やはりわたしの身体中の細胞を粟立たせ、
あたかもじぶんがあんなふうに
シェラネバダやカスケイドの経験があるみたいに勘違いさせ、
あのテレマーカー達がみんな知己であるみたいに勘違いさせ、
わたしはリビングに居ておもむろに、
ヨーデルの声を張り上げては止まらなくなってしまった
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さて別の話、
あの街について
とても表面的なことだけをいうと
かつて
いつも誰も客のない、
小さくてシンプルで気の利いた青白いような店で
たぶん仕事をサボって珈琲を飲みながら
ゆったりと静かに雑誌などをめくっている、
すこぶる年上の、長い髪の女性があった
そのひとは雨や、曇天の日が似合った
彼女とは互いに、
( 向こうは仕事の、こちらは高校の、)
サボリ同士のルートらしく、
さまざまな場所で、あらぬ時間に出くわした
あのひとが街にいたということも
わたしがこうしていまも、あの街をすきな理由のひとつだ
あのひともあの店も、
もう街にはないが
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また晴れた日のサボりなどに港へゆくと
当時流行りだった大きな店の、ヒゲの支配人が
やはり仕事をサボって
飼い猫の白いチンチラを伴っては、
ヨットと海とを眺めているところに、よく出くわしたりもした
ニヤリとするだけが我々の挨拶で
その足で当時のわたしの秘密基地だった、
軍艦の船長室へ忍び、
隠してある本を甲板で読み耽っては日焼けした
その高みからまた、
あそこでサボっている彼とチンチラ猫とが見えていたことも、
わたしがこうしていまも、あの街をすきな理由のひとつだ
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- 数えてみると
もう20年近くも前の光景であるというその数字に
我ながら、いくら吃驚してもしきれない