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早かったし
めずらしく車は置いてきたので
高架線路を眺める銀杏並木を挟んで
いつも朝まで開けていて、
なんとなくボヘミアンみたいな気分のするバーへ入った
地下でのハイボールのあとだったから
甘いポートワインを選ぶと
異国のボウイが、
「 コリハ アマァイ、トテッモ アマァイ デス 」 と
さも甘々しいという顔を、やたらくるくるさせて説明した
照明を仕込んだ乳半の壁は
さまざまな色の酒のボトルが並んでまるで
夜のきちがいの花畑みたいだ
*
風が強くて
外でチューリップ群がみんなして
激しく横倒しになっている
傘を広げた男が
突然あおられて裏返った傘と一緒に
あっちへ吹き飛ばされていった
*
春になると
人はともかく
花がこうして群れになって風に吹かれているのなんか
きっとあたりまえの光景なんだろうがわたしは
なんだかいつも胸騒ぎのようなものをおぼえたり
髪の毛が立つような気になったりする
東京へ出て過ごし始めた当時のじぶんのこころが
どんなに暗澹とした、また鬼のような形相であったかが
ある時、皇居の千鳥ヶ淵に
みっしりと群生する菜の花の黄いろとなって
わたしはおそろしい地獄で鏡を見せられたような
たいへんいやな心もちになってしまったのを
いつでもおもいだす
東京というのは街なかに
おもいのほか自然がおおいので
この季節は独特に
いろんな有象無象の精霊に
からかわれる気がする
*
東京・丸の内では
この期間チューリップ政策ですといって、
店を出るときに
チューリップの球根が缶詰めされたのを2個もらい、
水をやると、スルリとした芽がすぐに育ち始めて、
いまでは、
天ぷらにしたらさぞイイだろうとおもう感じになった
やけにおいしそうに見えるから、
黒猫たちに食べられないように外へ出してある
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チューリップにほだされたか
近ごろさりげなく増えていた緑の鉢植えたちの
面倒を見る気になって
ヴェランダで
重く、大きく、うっそうと増殖しすぎていた植物を、
そろそろ株分けしたほうがいいというような緑の声を
聞いた気がし出して、
室内の緑たちもみんなおもてへ移動し、
苦手なはずの緑仕事を開始する
( わたしは、みどりのゆび というのをもっているという、
さいわいな人たちをとても尊敬している )
*
その太くなった枝だか幹だかを
ここだ、或いは ここではないか? というところでゴリゴリと切っては
つぎつぎに空いていた鉢などに植え替えては得意になった
切るときに、【 ぎゃッ 】 とかなんとか、
まるでマンドラゴラみたいな声を上げるんじゃないかと
びくびくもしたけれど
これは必要な仕事なのだとおもう
モーツアルトを聴かせはしないが、
なんだかんだと話しかけたりなんてしながら
知らぬ間に次々とあたらしい葉っぱを産んだりしている、
いろいろの植物を触って観察した
わたしはこれまで、
ばかでも簡単に育てられる、といわれるような
ミントやバジルなどのハーブ類ですら
うまく育てた経験がなかったが
なんだ、今回はできるみたいだ、と気分もよくなった
*
翌日、
種類かまわずぜんぶの緑が
しんなりと萎だれているのを発見すると
あのときやっぱり
あの植物はマンドラゴラみたいにぎゃッと叫んだとみえる
こういうの、
みんなに伝染するんだろ
ガーン...
ごめん...