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- ただ万里の天を見る
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いちばん欲しいものが
すぐとなりにあるのを知っているが
( しかも、いつも常に、だ )
それはパラレル・ワールドみたいに
決して触れられない同時多発のとなりの時間として
どうしても、こちら側と出遭うことはない
なぜ、すぐとなりにあるのに
その安息は
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分厚いトーストと自家製ハム、
それに珈琲
猛烈な嵐の夕刻、
場末のオールドスタイルな店に入るとなかでは
テレビジョンがついていたが店主がいそいでそれを消し、
往年調のハッピーなブラック・リズム音楽に変わった
一曲終わると店主が
「 mm、これじゃないよな 」 とつぶやいて
突然ピアノ・トリオに変更されてスッと場が安らいだ
なぜか山小屋にたどり着いた山賊のような
あるいはシャクシャイン酋長のような心地がしたとおもったら
ワイルドにフォークを床に落としたので
ハムを手づかみで喰らう
うめえぜ。
甘し糧。
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37.5度の熱のある日
( たっぷりの鼻水も伴ったまま )
約束だったから、ふたたびあの廃墟に入る
灯りを入れさせていただき、
空間が使えるかどうか触れて調査させてもらう日
発電機と、大きめの容量のハロゲン灯2機を入れ、
点灯するまえ、暗がりの場の神々に向けて
自作の祝詞をとなえた
- このたびはご伝心ありがとう存じます云々
*
1キロワットのハロゲンが照らしたのは
2機では照らしきれないその広すぎる空間と
倉庫化して膨大に積まれた荷物と
累積したホコリと老朽
神々あるいは魑魅魍魎が
息を詰めてジッとこちらを見ている
( これはッ 想像以上の大仕事! )
地上げ、通電、配線、水道、トイレ、配管、足場、
高所シャンデリア、構造、荷物、永遠に終わらない清掃、
ゴミ処理、危険、老朽、復旧、保険、法律、消防検査、
エトセトラエトセトラ、
膨大な問題しか、ここにはないように見える
*
だのに!!
ノーと云うべきでありながら
すでに唇が勝手にイエスと云う!
なぜ わたしの唇にはいつも別の命が宿るのか
まったくビックリしちゃうよ
非常に寒いし
あんた誰なんだい
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分裂に
正当性と勇気とを与えてくれるのは
カントかドストエフスキ、あるいは漱石
とはいえわたしは
となりのパラレル・ワールドで
沈黙して暮らす、安息のひとでありたいわけです
いまここにあるばかなわたしはいつも、
どうもニセ者の意地悪であるような気がしてならない
おかしいなあ
わたしは、どこにいるのだろう?
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