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ここは大門
国鉄が着き、連絡船が着き、外国船が着き、
ボンネットバスや路面電車の走った地域の真々中
その昔の花柳界といったらここを置いてなかったくらい
大いに粋ににぎわった、函館の花町
いつからかその賑わいを
数キロ先の別の地域にゆずって久しく、
しばらくは廃墟の連なる三業地跡、
みたいになっていた
この大門で
【 チュニジアの夜 (仮称) 】、
一夜限りのグランド・キャバレーの灯をともそうと企んでいることは、
以前から少しずつ触れておりましたが
その件で、
日々あちこちへ出向き、移動し、その都度、
ひとと出会うたびにインタヴューなどを続けている
*
現場調査へゆく
雪のひたすらに降りしきる晩、
そう、こういう晩でなくっちゃおもしろくないんだが、
帽子とコートとにモリモリと雪を積もらせて
約3時間あまり、界隈を歩き続けた
※ 東京のみなさんは誤解しているとおもう、
雪国は寒くないんだ、雪が降るから
雪のない東京のほうがずっと寒い、
もうほんと、ピュウピュウ寒いや、考えただけで寒い
いやねここは大門、
なにひとつ音もなく、
しんしんと降りつのる白い孤独、アレ黒い絶望だったかな、
旧ソ連みたいな退廃的な空、
独特にうそ寒い情緒、妖しく空しい街明かりとムード、
かつての栄華と厚化粧の匂い、
気配、気配、
ああ、魑魅魍魎の気配がするがそれは雪だ
どこまで行っても路地があり
路地から路地へ、路地が続き、連なり、路地から路地へ、
ああロジエ!!
歩き続けずにはいられない、このムードには
ヴォトカがいる、ヴォトカに灼かれ、絶望に呑み込まれたい
ここは終わりだ、もう終わり
終わりはうつくしい、
もう助からない、
永遠に
気配だけが、残るだろう
このムードに酔い痴れて千鳥で歩けば
客をまって扉を開け放つ店の主人がいぶかって
いつまでもわたしを目で追う、
いっとう妖しい路地に入り込みたいが
まだあの主人は遠くから見ている、伸び上がって見ている、
追いかけてくるかも知れない、
アラシのよそ者パン助とかなんとか云って
土地を守るヤクザなんかも出てくるかも知れない、
うわあマズイなあ!
ほかには人っ子ひとり、居ない
ミシェル・ルグランが頭で鳴り、
無数の穴みたいに降る雪に天地がわからなくなる
この世は迷彩だ、
白いドットで埋め尽くされる、宇宙の迷彩だ
こんなに雪が降るのに星まで見えるとはなんだ
*
ようやく向こうからひとり、
小さな影がやってくる、着物を着た老婆、
否、それは明らかに、【 プロの女 】
ああ!! あああああああ!!!
わたしは、「 今晩は 」 と云ったが返事はなく、
厚化粧の目がこちらまで、ぬぅっと流れて来た
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昔、大門にも果てがあった
果ては、どぶのように暗かったので
いつもそこまでは行かなかった
いまは、全体が果てだ
知った店へ入ってエッグ・ノッグかなにかを飲む
松山千春が響いていて
数人の客がカウンタにつかまってそれを聴く
この地がいっとうにぎやかだった頃の写真を
見せてくださいといったらすぐに出てきて、
しかもこの店の前身はなんと、
踊り子もたくさん擁したグランド・キャバレーだったというので
後日あらためて取材を申し込んだ
妖怪みたいに入ってきて隣に腰掛けた、
ヒゲで長髪の小男は知らぬひとではない気がする、
それは
わたしが十代のころ何度か訪れた店の主人だ、
すっかり年をとってしまって仙人になったので
その日、帰宅してベッドに入るまですっかり忘れていた
ひとは、年をとる
年をとる
年をとる
なくなる、キャバレーの記憶がなくなる前に、
廃墟すらなくなるこの土地が
気配だけになる前に、
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