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まだ歩きたかったので
お濠のうえに満月をギラギラさしている夜をめざして
東京駅あたりまでゆこうと考える
丸の内で見上げる月と
夜のきいろい銀杏は、すこぶる綺麗だろうね
気分もいいし
もう誰もいない大きく深閑としたスクランブルをわたって
ポリスにちょいと礼をして
薄暗いガード下の不衛生な匂いと
破れた新聞紙とが吹き溜まっているなつかしい寂しさ
うらぶれた夜更け、ってのをやろうか
昔みたいに
夜更けて、東京駅の午前3時
ギョッとする満月
おびただしい煉瓦で出来たあの駅舎のバルコニーで
踊りでも踊りながら
さっきのN氏の独白を反芻したりもして
夜寒の底に寄り集められた
数人の老いたひとたちに混じって過ごす
気分がいい、
わたしは地面が好きだ
さっき銀座7丁目の底に座って見上げた街の灯と
次から次へ、
引けのホステスと酔漢たちが連れだって過ぎた感覚を
たぶんずっと覚えている
銀座はうつくしい
*
底、底、底、、、と
わたしはつくづく底がすきだ
どん底、ッてのもある
こう底という字をなんども連ねると、
どうもみたことのない漢字に変わってしまい、
「 ワアッなんだこの字! 」 ってことになる
目のほうで慣れると、
なぜか漢字のほうでよそよそしくなりますね
漢字が分解されるのを、
子供時代からみんな知っているとおもうが
中国人もそうなんだろうか果たして
■
寒くなった
寒くなったらモツ煮を食べます
わたしにとっては
日雇いの労働者たちがいつでも心の同士で
だからまた、
わたしの東京ソウルフードはモツ煮、
ってワケなんですけれども
かつて早朝の新大久保の公園なんかで
道工具をめいっぱい詰めたズダ袋なんか抱えて
( あれはいつも18kgありやがった )
手配師のバスを待つ彼等の立ちんぼに加わったこともある
彼等、
そういう、さも薄汚くて、疲れ果てて、
なんとなく昭和的で、あまりに貧乏な彼等をみると
あいかわらず愛惜の念にかられるのです、
ただ、これらには感傷などない、
わたしは日々のヘヴィ級重労働が死ぬほど楽しくて
いまだに喜びに満ちたものだし
汚れきった彼等一般との仕事を心底、好きだったから
ヨイトマケの唄が聴こえたところで、
なんら感動すらするわけでもないのサ
*
まあそんな頃に毎日のように彼等と仕事のあとで食べたのが
おそろしく汚いナントカ横丁だの、どこそこの裏町だの、
ガード下だののモツ煮だった
毎日、汗と泥と粉塵とで、( ときに大いにアスベストも )
ひどく汚れたかっこうのわたしたちは、
しんそこ単純で、ひととき満足していて、ひととき愉快で、
他愛もない心意気でモツ煮を食べてビールやホッピーを飲んだし
花札をしたり、力あまって腕相撲なんかにも興じた
乳酸が溜まりきって、抜けるひまのない、
無駄にパンパンのゴツい筋肉をして
そうして、毎日決まって二日酔いで無念だった
早起きとはげしい肉体労働と酒とのながい年月で
心身ともにつよくなった
つよくなったかな
*
きのう
夕暮れの暗いバス停で
ふたりの日雇いが( 見ればすぐにそれとわかる )あって、
破れたベンチに腰掛けていた
ひとりはじゅうぶんに年をとっていて無言だった、
もうひとりはそれよりちょっと若いがやはり薄汚く、
つぶれた靴を脱いで脚をしきりにさすり、
ガックリと肩を落としてなにやら嘆き、泣いていた
同士、きっと脚が痛いんだね
ここにわたしは、なぜかひどく説明的な感傷文を打ったが、
あまりにばかばかしいので削除しました
バスをまつあいだ、
わたしはそのふたりの様子を視界に入れつつ、
なんだか涙が出てしかたがなかった
わたしはいったいどうしたら
このひとたちを救えるのですか
どの経済書を読み漁っても
これらの層の困窮は断じてまぬがれえないと書いてある
弱者が淘汰される無慈悲こそが慈悲深い結果をうむ、とある
過去のわたしの同士のうち
あるものは、わたしのほかにもあちこちに借金をつくった挙句、
すっかり姿を消してしまったし
またあるものはスリの現行常習犯で
とある夜勤工事帰りの朝、駅のホームで捕らわれた
彼等を救うとか救わないとか?
なんだい、そんなの
それよりあのまま
おんなじ泥まみれの作業着を着て
おんなじ汗を流していたほうが
おたがいハッピーなんじゃないか
掃き溜めに鶴、ッてんでしょう、と自称しては
おう鶴がいるか、鶴はどこだ鶴は、 と笑っているほうがいい
都会の底で
*
わたしはやってきたバスに乗らないで、
車を出して彼等を乗せ、
そのままどこかへゆくかも知れなかった
*
N氏へ
わたしはいつも、
ほんとうにしあわせだけれども、
厳密にいうと
じつのところ、しあわせではないよ
すべてのひととともに
あなたとともに