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ラムのステーキをレアで焼き、
人参は丁寧にグラッセにしておいたのといっしょに、
ボーンチャイナをよして琺瑯引きの白皿に移し
キャンプみたいにして食事をする。
ワインも、グラスをよして琺瑯のマグカップに注ぐ。
時刻を見てオヤとおもったので
それまで夜の始まりを陽気に回っていたガーランドから、
【 ラジカセ 】 を、ラジオに切り変えた。
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雑音といっしょにマウンテン・ミュージック。
こんなフィドルの音を聴くと、
わたしにはもっとどこかに帰る処があるような気がしてくる。
そうしていて、
フォークの先でアスパラガスとパプリカを
いっしょに突き刺したり、
固パンをちぎったりしていると、
なんだか仕事帰りの老いた農夫のようなこころもちになり、
立派な肉を喰らっているにかかわらず、
じぶんには、やけに質素かつ清貧な暮らしと、
そこにはただ広大な地面と空とがあるばかりにおもえる。
それでおもむろにバックヤードに立ち、
薄汚れた半ガロンのハットを持ち出してかぶった。
じまんの木製ボロテーブルに戻り、そのまま食事をする。
付け髭でもあったら付けるだろうがそのようなものは、ない。
やはりこの部屋は土足仕様にするべきだ。
なにしろツヤ黒のPタイルをめぐらせた硬い床は、
ブーツなんかで蹴るなら、かつかつとイイ音がするもの。
踊ろう。
*
ああばかだ。
人生はほんとうに、おもしろい。
*
疲れすぎたのでベッドへ倒れて、
骨と筋肉とを伸ばした。
- 食べてすぐに横になると牛になるぞ、
ホラ起きて起きて、俺、食器洗い係やったから、
はやく次、( 珈琲 )豆挽き係やってよ。
というT氏に、
「 ところが牛になるというのは嘘で、
じつのところは、食べてすぐ横になると頭が良くなるそうだよ。
なんでも昔の偉い人が、下々のものに知恵がついてはいけない、
ってことで、寝るまで働かせるための方便だったと書いてあった。
なにかの、分厚い本に。 」
と口から出まかせを云い、
まんまと食後すぐに、寝ることができた。
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聴きすぎて
CDの溝がなくなりそうな勢いのアルバムがある。
「 これはたしかに名盤。
だけどおまえね、いまこういう音を聴くんじゃないよ。
こういうのは年をとってから聴くんだ。
いまはもっと聴くべきものが他にたくさんある。 」
と云われた意味をわたしはそのとき理解しなかったが、
いまならよくわかる。
じぶんの書架から本を選ぶ。
何冊か持ち出して机の両脇に積み上げてからふと、
ちがうとおもってすべてを戻した。
これらはほんとうにうつくしい良著。
でもこういうのを 『 ふたたび 』 味わうには年をとってからでいいんだ。
いまはまだ読むべきものが他にたくさんある。
すでに仕上がっているじぶんの好みを
満悦させるだけに堕してしまうな、ということだろう。
言語を、感情を、文化を、歴史を、
むさぼり尽くさないといけない。
見えていないものを。聴こえていないものを。
もっと深く。
もっと深く。
感性はかんたんに
マスターベイティヴで悠々自適な、
隠居生活に入ろうとする。
そうはさせるかねおまへ。
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ちょっとした取引のために、
真夜中ちかくに隣町のK...のところへおもむく。
ジャッキアップしたキャディラックの下に投光機、
おろしたエンジンやキャブ、
サンドブラスタにコンプレッサ、散らばりまくった工具、
Snap On のじゃない真っ赤なシェルフ。
ゴミ、オイル、ひっくり返った椅子やテーブルなどで
混沌としたガレージに、おみやげのビールを持ち込んで。
あらゆる夢は
夢のままであることを良しとする彼の、
うだつのあがらない話を聞いていると、
なんだかうだつのあがらない話をしなければいけないような気がして
うだつのあがらないような話に合わせたりしたが
わたしの精神が病んで来たので
アッもうこんな時間といって、月とともに帰ってきた。