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ひとと会うなら夕刻に限る。
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昼間はただのばかだし、
夜とは、すでにありきたりだ。
長年、冒されつづけた夜は、
秘密のひそむ余地などなくなってしまい、
すべての人生の秘密は、
いまや夕刻に凝縮されているのをわたしは知っている。
夕刻には、秘密がいっぱい。
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西陽に照り返る隣の地主の屋根瓦と、
その庭に伸びる、なずなの黄色や
南国様のフェニクス群を見ている。
風におおいに揺られ、光を飛ばしているのを
さっきから回っているバッハのシャコンヌが慰撫するのです、そう、
バッハは水のことばです。
バッハは光のことばです。
彼の音楽は
いちどじぶんを殺し、
彼岸をみてきたものの理解した世界の音の運びです。
( ちょっと表現が断定に過ぎるとおもって
いきなり 【 です 】 に変えたが
やっぱり断定には変わりナシ。 )
だとおもいます。
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でそのくだんの夕刻に、
お客様とのアポがあったのが延期となり、
イェイ、すばらしい空き時間ができたのでゴキゲン。
さて日が暮れてしまう前に、
ビールを飲みにゆきませんか、とT氏を誘うと、
きょうは隣町のスーパーマーケットで魚がスゴい日だから
俺は買い物に行ってくるぜ、
といって出かけたので、
わたしはわたしでいつもの店に出向き、
風の通る席で、薄いバドワイザを飲んだが、
前日の、ことさらヘヴィな工事のバール使いのおかげで
ビンを持つ手がすこぶる震えていて、
アルコール中毒かとおもわれるのではないかとビクビクした。
帰宅すると、新鮮でうつくしい天然の鯛やらが、
今さばかれるのを待っており、
のちに我々によってグリルされて、
ハーブと熱したバルサミコソースが振られた。
ダッチオヴンにはパルメザン・リゾット。
( なぜか魔が差して、とある安売り店D.K.で
購入してしまった米が、びっくりするほどおいしくなかったために
これらは残らずリゾット用にしてしまったが
そうするとビックリ、絶品に生まれ変わります。 )
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早朝の恵比寿、
数年来で邂逅したジョーは、
50を過ぎたとおもっていたがまだ少し手前で、
頭はモヒカンだった。
( かつては
ドレッドヘアが伸びたような、アフロヘアが伸びたような、
頭脳警察のパンタのヘアのような、
まさにクレイジーかつ微妙な感じだった。 )
助手席を開けてやり、
おはよう、も オッス 、も久しぶり、もなく、
互いにフンと鼻で笑い合って工事現場へ出発。
横須賀から出てきて道の不案内な彼に
これは左右どっちだと聞きながらゆくと案の定、道に迷い、
トンネルをくぐったりしてどんどん目的地から遠ざかった。
うわーどこへ行くんだろうわたしたち、というと
このままどこまで行ったっていいぜ俺は、イェー、とジョー。
ちょうどラジオからは、ローリング・ストーンズが流れた。
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今回のストーンズ公演は、札幌と東京で観たんだ、という彼に、
「 ハシゴ?極貧のジョーがどうしてまた 」 、とたずねると、
札幌へはがんばって稼いで行った。
でも東京の分は、
トニー ( キース・リチャーズのマネジャー ) が招待してくれたんだ。
「 極貧のジョーがなぜトニーと? 」 とたずねると、
あいつら俺のこと好きなんだ。
やつらに言わせると、” O~h, TOKYO - JOE, 's cool Guy !!”
ってワケさ。
このクレイジー・ジョー様がイカしたバスカー( 路上アーティスト )
だってこと、みんな知ってるんだ。
じつは1990年のあの日俺は
キースに付け文したんだ、ホテル・オークラの支配人に頼んで。
” ストーンズの滞在中、俺は毎日、
六本木のどこそこで歌ってるから来てくれ ” と。
或る雨の夜、
濡れるから行きたくなかったが俺は
男の約束があるわけだからやっぱり演りに行った。
雨で手もヤバかったから1時間ばかりで仕舞いにしようとすると
女連れのガイジンがやってきて、
「 ようブラザー、おまえか?キースに付け文したのは? 」 という。
それがマネジャーのトニーなワケだが俺はうれしくて、
無理やり歌を披露した、するとヤツはすっかり気に入って
キースのピックやら弦やらをくれたんだ。
で翌日のステージには楽屋まで引っ張っていって
キースやミックに会わせてくれた。
ヤツらみんなご機嫌で、
俺ひとりのことすげェ勢いで歓迎してくれたんだぜ。
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で今回。
滞在のフォーシーズンズへ呼ばれて行った。
翌日のステージの日、楽屋へ行くと
大喜びでまわりのみんなにも紹介してくれたしね。
キースなんかピエロみたいに大喜びさ。
かくかくしかじか、こうこうこう。
( 長すぎるので中略 )
な、いいだろう。
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ふうん、そりゃあクレイジー・ジョー、
ハツリ屋なんか辞めちゃうってもんだ。
そんなすてきなエピソードを抱えてたら、
ジョー、あんたはスカの路上で野垂れ死ぬときも、
ちゃんちゃらハッピーだね。
心配して損したな。
たくさんの、或いはほんの一握りの
すてきな思い出を去来させてささやかに笑う、
彼の野垂れ死にする顔を、
わたしはそばで看取りたいようなこころもちが、した。
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彼との仕事のワークソングは
なぜか Me and BobbyMcgee だった。