明けましておめでとう、
すごい雪だね。 なにも見えない。 戌年
2006年1月3日
■
昨晩、彼とわたくしとは、
お気に入りの、静かでワイルドな温泉に浸かって雪見風呂。
そこでひとしきり流れるバド・パウエルの
【 クレオパトラの夢 】 を聴くともなしに聴きました。
去年ひとりで雪あらしの夜に、
ここへ向かったはずが森林の奥深くどこまでも道をはずし、
とんでもなく大遭難したことがあるから、
こんどはそうならないよう慎重に、
遠回りの大きな道をゆきました。
( 『 慎重 』 という字をわたくしは持っていないので、
彼のを借りました。 )
そうして
あたたかい身体でわたくしの
セカンド・ファミリーのところへ駆け込んで、
皆いっしょにプピーユで乾杯いたし、
イベリコ豚を食しました。
久しぶりにたんまり飲んで、
久しぶりにワケがわからなくなりました。
わたくし自身、大いに酔って、
じぶんの酔態をさらすことを許すのは、
ここでだけだとおもいます。
ジョニ・ミッチェルの 【 River 】 を一曲、
手土産に持っていったのを、あんまり心地よく聴きました。
降りしきる雪の気配と、薪ストーヴの中のはぜる音。
ようやくわたくしにも、きよらかな冬が。
冬は、とても自由。
道路の境目もないし、湖のうえだって歩ける。
誰も通っていない森を、じぶんの足跡をつけるために
どこまでも歩いたりできる。
雪灯りの真夜中は、とても明るくて夜を冒す。
みんなが、なぜか親密になる。
だから冬は、とても自由。
■
彼の乗ったフェリーを見送るために、
ポーズで、嫌いな缶コーヒーを開けながら、
吹雪する朝の海は
例年どおり、暗くて鈍い。
出港するまでとおもい、
車のなかで読みふけった本があんまりおもしろくて、
いつの間にかまた船が、音もなく
港を離れていなくなってしまったのに気づかなかった。
あとには茫洋とした雪煙の津軽海峡。
「 アウフ ヴィーダー ゼイエン 」
ちょうど持っていた本の1行が云う。
わたくしではない。
さようなら。さようなら。
どうぞ無事で。
■
さて、わたくしはまだ、
心身の調整もうまくいっていないままの年明け。
すべてを他人事のように眺める。
ぼんやり。
■
きょうはすっかり晴れましたね。
1月4日
金色と白と薄青色、
だいすきな、冬の色。
これさえあればいいの、
...というわけにはゆかないわ。
神様わたくしに
前へ進む足と、真理の目とをください。
■
( きょうスキーへゆかないなんてヤツは、
まったくもって、ばかだな。 )
小さい頃、
雪山へゆくときにはかならず、
ポケットにチョコレートを持たされました。
遭難しても、少しは大丈夫なように。
だからいまでも、
冬の外出はチョコレートとともに。
■
ランランラン...♪