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高校時代に借りていた部屋がある
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以前にも触れたことがある物件だが、
『 函館とは何か 』 を考えるにつけ、
かならずこの物件が去来するので私的に整理しておく
※ 『 函館とは何か 』 などというと
「 おまえじゃなく!!
俺たちがちゃーーんと考える!! 」
と、
街をつかさどる鬼達に
こっぴどく叩かれるのだけれども
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大正時代からなる強烈に古い物件で
石畳の坂の途中にあり、
( 云っておくが廃墟ではない )
石造りのひんやりさと
ナナメに傾いた暗い階段室と
( 階段のみならずあらゆるものが傾いていた )
10ワットくらいの、あるかなきかの電球灯りと
カビの匂いが気に入っていた
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いつもの港やジャズ喫茶ルートをとらず
マジメな登校ルートをゆく朝、
そこに 【 貸室 】 の張り紙を発見したので、
ソワソワと放課をまって坂を駆けて扉を叩き、
- 毎日ここで起居するのではなく、
気の向いたときにアトリエとして使わせてほしい、
という旨を老家主にかけあうと、
「 日割りして1日につき500円 」
ということになった
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その日からただちに空き缶を用意して、
ひとりのときは500円、
折半契約を交わした同志の友人とゆくときには、
それぞれ250円ずつを入れた
だいたい
学校をサボるか、
放課したあとの一連の散歩帰りに寄って、
暗くなるまでジッと絵を描いていた
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なんだか忘れたが、
かの M.L.キング牧師のナントカ、
という人種差別関連の催しがあの街であり、
そのころアフリカに行きたかったわたしは友人と、
そのナントカに参加するための横断幕、、、
かなにかを描いていたはずだ
、、、蛇足だけれども、
当時、PP&M( ピーター・ポール&マリー )
の古い歌を、どこででも大声で歌いまくっていた
変な高校生だったから
その横断幕のコピーもたしか、
『 the Times, they are changin' 』
とかなんとか描いた
まだ蛇足だけれども、
・・・ 日々、街や港をプラプラして
そういう匂いの嗅ぎ取れる大人と出会うたびに、
あなたは歌を歌えるか、などとけしかけては、
PP&Mを課題にしてハモらかし、
( オオ懐かしいな、
と云ってたいていの大人は歌えた )
若いためにそれらの歌を知らないひとには、
強要してムリヤリ覚えさせたりした
夜更けには
ユニオンスクエア内にあったスタインウェイを囲んで、
ピアノも歌もできる外国人や大人たちと、
やはり古い歌をうたって過ごした
わたしは学内でもすこぶる成績がよかったが、
いったいいつ勉強していたのかとおもう ( 太字 )
*
でその大正物件
薄暗い共用通路をとおって2階へ上がるが、
見た目にも危なく傾きすぎている、
うらぶれた感じのする暗い階段でさっそく、
身体の平衡感覚に支障をきたし、
何度おとずれても、
かならず異空間へいざなわれるような眩暈をともなった
2階には
6平米くらいの共用部が広がっており、
そこに10ワットくらいの裸電球がぶらさがり、
中身が抜けてスプリングが目立つような
あまりにもオンボロの、座ると飛び上がりそうな、
緑色をした往年のソファがあった
その暗さにともなった濃い陰影は
すべての世界を意味深に見せていたし、
天井裏には江戸川乱歩が潜んでいたはずだし、
とにかくすばらしかった
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建物も内部も、つくりは独特で
各居室は狭いが天井が高く、
三方枠も窓もモールディングも煤けた漆喰壁も、
部屋のひとつひとつの設えや細部のつくりは
どこかパリの、古いアパルトマン調
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昼間は、
曲がった木製サッシュの窓から
外のケヤキがせまり、
とてもしあわせに陽が入ったし、
夜、ときによっては月もやってきた
窓を乗り越えて広い屋根上へ出られた
露出した黒いアスファルト防水が
やたらガバガバと劣化してひどかったが、
自作の踊りをおどったり、
暗黒舞踏の真似ができるような空間になっていた
*
こちらと反対側の居室は
同じ高校の美術の女性講師が、
秘密裡に、アトリエとして借りている部屋だというのを
あとで知り、覗きにゆくと、
暗い室内に描きかけのカンヴァスがたくさんあった
右隣の部屋には、
L字をしたまま動けない老人がひとり、
なんだかわからないゴタゴタの混沌のなかに居た
左隣の部屋には
F と名乗る翁が暮らしていて、彼が牢名主だった
ギィ、という少しの床の軋みや足音、
必死で笑いをこらえる空気の振動や、
絵の具をそっと洗う水の音の逐一に反応しては、
いちいちものすごい勢いで戸が開き、
「 ウルサイ!! 」 と飛び出してきて怒鳴り、
毎度おなじ長広舌の説教を垂れたが、
本人のTVの音や豪快なクシャミや痰を吐く音、
あれこれなどは、公害の域だった
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彼はたぶん高校生が嫌いか、
隣室が埋まると息苦しいのだろうとおもい、
F翁の長きにわたる生活に敬意を表して、
じきに借りるのをやめた
また蛇足だが
あれから18年ほど経過するいまも、
函館へ行くたびにときどき、
あの階段をのぼって覗きにゆくのをやめないが、
我々の部屋はいつも空いていて、
暗い共用部にすこし、陽が射している
どうしても床から、ギイと音が出るので、
F翁の扉が開く前に
急いで逃げる
つかまっちまうと、
「 おまえはだれだ!!俺はF と云う!
昭和○年よりここに住んでいる! 」
と以前とおなじように誰何して仁義を切るので
こちらも名乗ってから、やはり逃げる
野生動物みたいにしてテリトリーを守り続けている
F翁の隣には、だれも住めない
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港にあった廃軍艦の船長室に
じぶんの秘密基地を移したのは、
その物件のあとだろうか?
スクール・デイズにわたしが、
こうして密かに基地を持ったのはぜんぶで5軒、
内3軒はいまはもう、存在しない
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これらの行動を鑑みると
どうもじぶん達が主体的に、
廃墟だの古い物件だのに惹かれる、、、
というのではなく、
土地そのものに、ある気分が充満しており、
それらがひとの行動を支配し、
それによって土地への指紋を
- 出来事や感情や結びつきや足取りを
求めている結果であるようにおもえる
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これがいまのわたしの研究課題
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