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すでに大気も冷たい夜、
あまりに
長く急勾配なる幸坂( さいわいざか )を
登りきれなくて途中であきらめた、
わたしの可哀想なジムニー
*
そのまま低地へ
バックで下がってから北へ、
湾の対岸に輝く街の灯を、眺めにゆく
*
ラジエータからクーラントがダラダラと、
はなはだしく漏れ出しているこの数日のジムニー、
なんだか互いにズタボロな、
キャバレーその後の我々は
どうにもホウホウノテイで
いまだあちこちを駆けずり回っては
準備段階よりは倍に増えている、
必須挨拶先へひとり、
感謝と陳謝と土下座と支払いの日々です
*
出向けていない先もまだまだあります
まっていてください、
さちよ、かならず行きます
*
それと同時に
廃墟に残る備品や造作の運命も、
もう一歩、
ベストな道のために奔走しています
かならずなにか、まだ道があるようにおもえる
・・・・・・・・・
ばかだ
君はいつも、
なぜそうイバラの道ばかりを好んでゆくのか
ばか過ぎる
*
だが
わたしはなんと云われてもよろしい
あの廃墟が、
わたしに語ることを
なぜかまだやめないので
( 先日、
あの名残りの空間にイッセー尾形氏を招こうとおもって
すぐに事務所へメール、のみならず電話までするも、
ゴールキーパーたちによって、
あっさり阻止されました、、、残念だ
次はもっと、ナナメから蹴ってみようとおもう... )
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- 隆盛を極めた花街・大門の、
当時を知る思い出諸氏も次第に消えてゆく -
と、3ヶ月前、
キャバレー企画段階での趣意書に書いた
*
先日、
「 さちよ、汪(ワン)さんのお婆が亡くなった 」
・・・・ と、あるスジから連絡を受けた
” 大門といったらこのひと ”
と伝えられる人物が少なからず存在し、
その内のひとりの名物女傑で
『 汪さん 』 というのは有名なるラーメン屋だが
キャバレー未完成への準備段階のさなかには、
どこへいっても彼女の傑物ぶりを耳にした
*
ついこのあいだも、
現場へ顔を出しに来た某社長と外で喋っているとき
遠くから、『 汪さん 』 のマスターが
こちらをジッと見ているな、とおもっていたら
なんとなく時間をかけて、じりじりと近寄って来て、
近づいてきた、と感じていると、
さらにいつのまにかすぐ後ろに立っていて、
ギャッと飛び上がると、
「 さちよちゃん、
またご飯食べ損ねてるんじゃないの、
終わってからもタイヘンだね、
おいで、ご馳走してあげるからね 」
・・・ などと、
やさしい施しを幾度か受けたりした、
そんなマスターがいる店の、
名物姥様
*
わたしにとっては、
この店の、
ワンタンを入れてくれた塩ラーメンが名残り惜しくて、
東京へ戻るのがためらわれる、
・・・・ と云ってもイイほどの存在だ
*
とおもっていると
昨日、
「 オイ、杉目マスターが死んじゃったよ、ついさっき 」
・・・ と、また別のスジから電話をいただいた
昭和30年代の
華やかなりし大門で、
キャバレー経営もしていたことがあり、
その後、いまに至るまで、
愛されつづけた老舗、 『 舶来 bar 杉の子 』 の
有名マスターだったし、
北海道におけるラグビー界ではちょっとした人物、
どころか立役者で、
やはり、
” 大門といえばこのひと ” たる、ひとりであった
*
キャバレー未完成企画については、
本番前の日々に、
「 君はよくやったね、がんばってるね、エライね、エライよ、
ほんとにエライことなんだよ 」
・・・・ と静かな声で励ましてくれていた
あのときの顔、忘れられない顔だった
*
心底、ひとを褒めるときというのは、
ああいう顔をするもんだ、とハッとするような顔だった
ひとから褒められるのが死ぬほど苦痛なわたしは
それでもあんまりハッとして、
真摯にありがたく受け止めた
この老マスターの計らいで、
当日までには現場に、
リボンをかけたアーマーのスゴいヤツの、ボトルが届けられていた
*
幸坂から海へ下りて
夜の波がとても近くに光るところで
おふたりへ
心から、
ご冥福をお祈りいたします
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suga 氏を通して
A氏から借りていた音響機材群を
雨の夜の乙部町( おとべちょう )まで返しにゆく
ちょうど連休の日曜で
夜の街へのご挨拶まわりは
ほとんど用を成さない曜日だった
*
クニさんにふたたび借してもらったワンボックス車に
機材群と、お礼金とを積み込んで、
雨の夜の遥か70Km
「 さちよが運転席だろ 」
・・・・・ と云われたが、
「 色盲で運転できない 」 と答えて事なきを得、
suga 氏の運転がワイパー全開で突き進む
*
わたしは横で、行儀悪く座り、
あれこれ文句をつけたり、
ノンキにコーヒーパンなんかを喰らいつつ
テキトーな大言だのグチだのを、
わめいたりわめかなかったり、
・・・・ していればよいのでラクだ
*
来年のわたしの企画は海峡がテーマ、
道南地区全域をもっと知らなければ
偉そうにモノを云うべきでなかろうね?
ということで
帰路には逆周りで江差町( えさしちょう )を通り、
車を置いて、
” かもめ島 ” なんかに渡ってみたりしては
なんてスバラシイところかと絶賛し、
夜の雨と、日本海の波の音とを浴びる、
さらに
勉強がてら、松前町( まつまえちょう )
を周って帰ろうとおもったが
「 函館まで150Km 」 なんて表記されてあるわ、
しかし燃料はロクに入ってねえわ、
町( というより海か山ばっかし! )はこの先も暗そうだわで、
やめた
道南地区というのは、なかなか広いもんだ
*
結局、
全工程18時半に出発して
終了は0時半だった