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氏神様のお祭りだというのに
町はすでに暗くひっそりとして
まばらな提灯がうらうらと揺れているだけの夜10時
*
大沼からの帰途、
一軒だけシャッターが開けられて
さびしい蛍光灯の灯りがあったのは、町にひとつの葬儀屋
ああ、墨と筆とをまだ購入していなかったとおもい、
車をUターンさせて葬儀屋の前で停め、
すみませんもしや、墨と筆なんか扱ってませんか、と訊ねると
あああるよ、全部くれてやる、と云って、
使い古しの墨や筆がいくつか発見され、
さていまどきこんなもの何に使うんだいと聞かれたので
「 大沼でジャズイベントをするのでポスターを描くのです 」 というと
「 なんだって? (ニヤリ) まあ入れ 」 と中に招じ入れられた
中にはテーブルといくつかの椅子とがセットされ、
刺身や枝豆やご馳走が散らかってあり、
祭りの風情を取り繕ってあった
だが町にはもう、誰も居ない
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- ところであんた、あそこの孫だろう、
あんたのおじいさんが亡くなったときあの古い小さな火葬場で
ここの火葬場はすばらしいとかなんとか、
しきりに云っていた変わった孫だったっけな覚えてるぜ俺は、
もう10年経ったか?
- どうもその節は、云々、
というようなことを話しながら
【 大沼 Hot Ride - ほとりで 】 のプレゼンテーションをし、
じっくりと聞いて盛り上がってくれた葬儀屋の夫妻が
隣近所からひとを呼んできたりして酒盛りになった
わたしは早く帰ってポスターを描かなくてはならなかったが
これも何かをするときの仁義とおもい、そこに居た
集まってきた市の商工会の副会長やら
どこそこの社長やらと、町の文化論となり、
喧々諤々の議論もした
そのうち、
こんな知らないミュージシャン呼んだってダメさ
フンこんなちっぽけなものじゃなくて
もっとデカいことをやれよ、とかなんとか云われ、
わたしのことは何を云われたってかまわないが
このミュージシャン達を見くびったら許さないよ、と啖呵を切ると
場がシーンと、というかヒヤッとしてしまい、
ああわたしは酔っ払いの話にしらふでムキになっちまったと
我ながらゲッソリしながらも、
町の将来についてなんだかんだで盛り上がり、
お開きの頃には、
深夜2時をまわってしまった
たくさん焚いた蚊取り線香に燻されて
*
翌晩からその社長のフォローがはじまり、
昨夜は悪かったといって、
チケットを買ってくれたり、ひとに宣伝してくれたり、
商工会会長に引き合わせてくれて協力が得られたり
寿司屋に誘ってくれたり、まぐろ30Kgの料理会に誘ってくれたりして、
がんばれよ、と何度も云ってくれた
ありがたいな
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夏の終わりのシャンパーニュ、をやった
ヨットの持ち主のご尊父が
前の晩に亡くなってしまったのでヨットは延期、
セカンド・ファミリー邸のテラスで午後、
ワインやシャンパーニュや
庭摘みのハーブや
貴重なスカンピやサーロインを4人で囲んだ
持参したジャンゴのアルバムを
優雅に流して、夏の雲を見ていた
夜とともにK氏が去り、
夫妻とわたしとでいつものレコード鑑賞
酔いに酔い、深夜0時になって別れた
数杯の生ビールグラスのほかにワインの空ボトルが6本と
最後のバーボンソーダのグラスがあった
ハービー・ハンコックのヴィニルが
ジャケットからはぐれて迷子になってしまったが
3人とも大いに酔っているので最後まで見つからなかった
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【 大沼 Hot Ride - ほとりで 】 にやってくるメンバーのひとり、
ピアニストの大口純一郎氏が
早乗りして本番の一週間前に函館入りするが
もったいないので仕事をみつける
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ライヴやコンサートというスタイルでお客を集めるのは
この時期、本番を前にして無理があるので、
ピアノ所有の個人邸に呼びかけて、
『 巨匠独占・プライヴェートピアノクリニック 』 とか
『 巨匠独占・プライヴェートサロンパーティ 』 とか
『 巨匠プレイ・ザ・誕生日 』 とか
なにかそんなことをいくつか企画してみようとここしばらく、
あちこち営業かけていたが
いろいろ具体的な話になると、どうもおもしろくないような気がして、
果たしていかがなものかと考えあぐねていると
サーカスのポスターが目に飛び込んできた
以前ピアニストがわたしに
サーカスやファッションショーやらとのコラボなんか
やってみたいな僕、
と話していたことを思い出して、
すぐさま
サーカステント設営工事のまっ最中の埠頭へ出掛けた
*
工事中のテントの裏には仮設住宅が集落を成していて、
子供達や犬がいた
まるでバンコクの極貧地区の裏町みたいな集落で、
外に洗濯物がたくさん干してあったり、
軒先で煮炊きをしている様子だった
ああサーカスだなあ、と感動しているわたしを、
集落のみんなが不思議な目で見た
ひとりの小さな女性に
( きっと空中ブランコをするひとだ )
「 団長さんとお話デキルマセンカ 」
と、なぜかヘンな日本語になりながら
ひどくじぶんがばかのような気がし出して
にわかに恥ずかしくなり、
「 スミーマセンネ、ドモ、アノー、演出ノコトツイテデス 」 と
そのままガイジンの喋りかたをして、
じぶんは何も知らない外国人のふりをしてしまった
よけいにばかだ
*
団長は
開催日まで間があるのでまだここには居ないが
演出ならどうぞ、といって工事中のテントの中に招じてくれて、
「 アキノリ兄ちゃん 」 を呼んでくれた
太って、マントを着けて鞭を手にした団長が
出てきて欲しかったのだけれど、
「 アキノリ兄ちゃん 」 は茶髪ロン毛に寅一のニッカを穿いて
腰道具をつけた工事現場の職人のナリをしていた
OK,演出会議にかけてみましょう、
との回答にわたし、ホッとする
*
神様どうか
サーカス団がこの件を、歓迎してくださいますように
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